Act4 イッツ・ショータイム

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「あくまでセイ・ホワイトに提示する第一の条件は〈ブラック〉との面会だけど、もうひとつ……彼の私的な悲願ではなく、公的な立場を有利にする第二の条件をつける」
 ミランダは強い口調のままだったが、ここからは慎重に言葉を選び始めたようだった。通信機越しでも、スティアの不機嫌を察しているように。……リリィは嫌な予感を抱きながら、彼らの会話を静聴していた。
「我々に〈シアン〉を渡すことが、レアリス・カンパニーにとって利益になるような構図を作る。具体的に差し出すものは研究データよ。鍵となるのが、あなたの瞳の色。私たちが〈シアン〉にこだわる理由付けとして、碧眼のスティア・アリビートを使用者に仮定した時の〈ブルー〉と〈シアン〉の出力精度の対照実験を行う必要があり、どうしても〈シアン〉が必要、という体でいく」
 話が見えず、こちら側からは誰も相槌が打てなかった。ミランダはそんなことは承知しているように、さっさと続けた。
「ヒトに取りつけた機械で魔法を使うことが可能と証明した次のステップとして。個体差と性質についての分析をしていると打ち明けるの。汎用化がもう一歩進んだ未来に備えて、より優れた魔法使いの条件の選別手段の研究に着手する、と。……センターアイランドに行ったなら覚えているでしょう。森人の瞳の色は、その者が操る魔法の起点とイコールになる。あなたは人間であり森人というくくりではないけれど、魔法が視覚を媒体にして発現するもので、〈ブラック〉も〈ホワイト〉も瞳を出力器官としているのなら……得意な属性が〈青〉に近いという可能性は捨てきれない。そういう仮定があるっていう事実を、交渉に利用する」
「交渉に成功したら、研究成果を渡すってことですか」
「ええ。属性に関しては現段階では謎が多いのよ。森人が純度の高い〈カラーストーン〉を創り出したのに対して、人の創造物が〈ストーン〉だったのはそういうこと。ここがカンパニーが超えられなかった技術の限界ラインよ」
 スティアの口元に、かすかに力が入ったように強ばったのをリリィは見た。……ミランダは話を進めた。
「カンパニーは貪欲よ。使える知識は何でも欲するし、コストは可能な限り切り詰める。あなたたちは知らないかもしれないけれど、レイバは昔、研究者としてはそれなりに知られた人間だったのよ。彼の実験の最新情報は、儲け話の種になる」
「…………」
「交渉の狙いは、カンパニーとテンプルで石を取り合うという構図を、根本からなくすこと。私たちが取引相手としてカンパニーの信頼に足れば、敵対する必要もなくなるのよ。いつか彼らが〈石〉そのものを掌握する必要性を感じたなら、話は別だけど、今は〈カラーストーン〉に対する追跡の手をゆるめている。チャンスなのよ」
 ミランダは言い切って、すっと息を吸った。
「私たちはカンパニーに取り入る。彼らがいくつも囲っている子会社と同じように、手間を踏み、成果だけを献上するポーズをとる。その立ち位置を確保すれば素材を譲ってもらえるから、出し抜くことが可能になる」
「要するに、俺に生贄として身売りをしろと言ってる」
 スティアが低く囁くと、ミランダは一瞬だけ黙った。だが、決然と続けた。
「契約書にサインをした時点で、あなたに関する情報の取り扱い元は技術開発局になる。当初の約束と矛盾した話ではないはずよ」
「俺にとってカンパニーは養父の仇であり、故郷を見殺しにした悪魔です。そいつらの言うことを聞くのが嫌すぎて命がけでテンプルに逃げてきたのに、テンプルまでカンパニーに媚び出したなら、ふざけんな、やってられっか、て感じです」
 スティアは感情で反論した。ミランダも虚を突かれたのだろう。不自然な沈黙が浮かんだ。
「当事者以外にも、そう思う人間はいるんじゃないですか。今の決断は、伝統ある宗教団体の面目を潰すようなもんでしょう。下手に出た時点で、威厳を取り戻すという当初の目的が果たせなくなる気がしますけど」
「…………」
「それに、情報のやり取りで優位に立とうとするには相手が悪い気がします。向こうの得意分野で勝負を挑むのは無謀です」
 スティアは本当に、誰を相手にしても物事をはっきり言うのだと実感した。もっとも、普段は沈黙と嘘を駆使して面倒ごとを避ける所もある。今はそれだけ、怒りがあるのだろうか。……リリィはガイルの墓を見つめるスティアの横顔を覚えていた。カンパニーに対する敵愾心は、あの寂しげな表情のネガだ。
 スティアは何があってもレアリス・カンパニーの手は取らない。テンプルはその怨恨を、シナリオに含んでいない。
「もう少し、マシな手もあるんじゃないですか」
「というと?」
「こっちには人質の価値を持つ人間が、ロール以外にもいる。ルリル・シリウス」
 久しぶりに聞く名前に、リリィは驚いて瞬きをした。
「ターゲットの昔の恋人だって聞いてる。現在進行形じゃないのは残念だけど、家族を持たない独身男の弱みとしては強いカードだと思う。彼女自身もセイに会いたがってるなら協力してくれるでしょ。せっかく個人的な面会なら、情に訴えた方が効果もあるんじゃないですか?」
「具体的には」
「〈シアン〉をよこせ。言うことを聞けばロールに会わせてやる。断るなら、うちの新人がどうなるか分からないぞ」
 ミランダからの返答がきれいに消えた。清廉潔白な枢機卿様が受話器の向こうで顔を歪めている姿が、リリィには想像できた。
「言い方は工夫する必要があるでしょうし、実際に目の前で何かするのは最悪でしょうけど。やりようはありますよ」
 部屋がしんとした。リリィは思わず、呟いてしまった。
「悪どいよ……」
「喧嘩はナメられたら負けだよ。向こうの弱みがこっちの手の内にあることを示せば、力関係も変わってくる」
 スティアはリリィの方にはそれだけ言って、次の言葉はミランダに向けた。
「あなたのプランだと、カンパニーに勝てないのはしょうがないから、こちらから歩み寄ってどうにか目的を達成しようって話だと思うんですけど。長期的に見て悪手な気がするんですよ。一回でも身を安売りすれば、向こうはつけあがります。経験して言ってるんです。一度落ちると、ひたすら転げ落ちるだけになる」
 最後に説得力がありすぎた。リリィにはそれ以上、口を挟めなかった。
 通信機の向こうで、小さな話し声が拾われた。がたん、と物音がしたかと思えば、ミランダのものだった声が、馴染み深い男のものに変わった。
「あ、もしもしー」
「いたんだ、レイバ」
「ああ。聞いてたから言う。ルリル作戦はダメだ」
「なんで」
「彼女は別の仕事に使いたい。そして、その仕事の中身がセイ・ホワイトに知られたら、機嫌を損ねるかもしれない」
「なんの仕事の影響で、どうダメなんだよ」
「魔法の発動装置のセカンドプランだ。俺らだって、年がら年中ひとつのことだけ詰めてるわけじゃないよ」
 リリィはあんぐりと口を開けてしまった。スティアもさすがに驚いたようで、少し目を見張ったまま黙った。
「〈ブルー〉とルリルをこっちに渡してきたのはお前だろ。カンパニーの人体実験に巻き込まれた人間にどんな影響が残ったか、そんなの調査するに決まってんじゃん。けっこう面白い発見も出てるんだよ。具体的な完成図が見えるような段階じゃないけど、お前の〈キャロル〉の品質改良のためにも彼女が一番使える素体なんだ。今はデータ採取の域を出ていないし、本人の健康に影響が出るようなことはしていない。だから正面から協力を頼んだわけじゃないが……」
 レイバは至極当然という様子で、話を進めていく。
「ルリル本人に作戦のことを話せば、絶対にセイのところにすっ飛んでいくと思うけど、こっちとしてはそんな仕事をさせるより、技術開発局でじっとしてくれる方が有益なんだよ。第一、彼女が参加したら取引のテーブルなんてめちゃくちゃになるぞ。お前と違って性格が駆け引き向きじゃないのは分かるだろ? 適材適所という言葉に従って無謀なプランだと思うし、やるデメリットに対してやらないメリットがでかすぎる。俺は断固反対だ」
 不意にスティアの方から、笑いを押し殺したような変な音がした。
「変なこと言ったか?」
「いや……ほんっとにあんた、なんでも使うんだなって思って」
「そりゃそうだろ仕事なんだから。俺にしてみればルリルは、セイに対する人質でも彼の人間性を引き出す最後の希望でも、とにかくそういうヒロインめいた何かなんかじゃなくて、単なる素晴らしい生物だ。他の人間にはないやり方でアニマに関わり、貴重な情報を体に秘めてる。表に出すより有益な使い方がある。だから何も教えるべきじゃない。それが研究のためだし。ひいてはテンプルのためだ」
 スティアは笑っていたようだが、リリィはその笑顔に違和感を覚えた。よく見るような心底おかしそうな笑いでも、もちろん不敵な作り笑顔でもなく……片頰をくっと歪めた鈍い笑みだった。
 嫌な感じがしたが、気のせいだったのだろうか。すぐに肩の力を抜いて、すっきりした顔になる。毒気を抜かれてしまったように。
「ごめんなさい、落ち着きました。私怨にこだわってられるような場所じゃなかったですね。とっくに俺もあいつと契約したんだ」
「……すまないわね」
 レイバの声がミランダに戻った。堅い意志を具現化したような真面目な声に、やるせなさや哀れみの色が微かに滲んでいた。
「でも、約束は守ってください」
「約束?」
「最初にレイバと約束した条件だけを、きちんと守ってくれれば。決定に従います」
 スティアは静かに言った。リリィは少し考えて、そして思い至った。彼が実験に志願した条件——〈カラーストーン〉がすべて揃った暁には、その力を個人的に使う。ロールの左目を元に戻すために、魔法を使う。
(——あいつの目的は、ロールの体を元に戻すことじゃない)
 頭の中で、過去と未来の言葉が渦を巻く。
 他でもないスティアの冷静な声が、気持ちの揺れを割った。
「詳細をお願いします」


 ……ファッション・ショーには、本当に顔合わせ以外の目的はないのだと、ミランダは語った。
 最終的な落としどころは、あくまで後日、セイ・ホワイトとの交渉を成功させることにある。むろん、そのために初対面時にトラブルを起こさないことが重要であることは間違いない。
 ということで、ショーの当日である今日、スティアとリリィは裏方に回る運びとなった。
 リリィがこうして、警備員に混ざって高見の見物を決め込んでいるのは、いつも通りスティア個人の護衛を任じられたからだ。ミランダからスティアに与えられた、当日の指令はただひとつ。視界を広く持つこと。
「大ざっぱすぎんだよ、あのおばさん」
 当人の目がないのをいいことに、スティアがぼやく。
 二階に割り当てられたのは彼とリリィのふたりだけで、ミランダと行動をともにすることを義務づけられているロールはもちろん、雑用係を任じられたバッカスらもそれぞれ、持ち場に散らばっているはずだった。
「高いところで見下ろしてれば視界が広がって、魔法の発動範囲も広がるだろって。そりゃそうだけど。俺の視力にも限界ってもんがあるのに」
「そうなの? このくらいの大きさの会場だったら、反対側の踊り場まではっきり見えるよ。私」
 リリィは視力と動体視力には非常に恵まれているため、ちょっと誇らしくそう返した。期待に反してスティアには、珍しい野生動物を見るような細い目で見られてしまったが。
 ……ショーが開始されたら、ゲストたちが階下の会場に入場してくる予定だ。
 今は準備に行き交う人の動きも落ち着いて、時計が開場五分前を指していた。ファッション・ショーにとってはコレクションのお披露目と同程度かそれ以上に、席次の設定や歓談の時間が重要らしく、本番が始まる前に社交パーティじみた時間が多くとられると説明を受けた。
 ミランダはロールを連れて、ゲストとして入場してくる予定になっている。セイ・ホワイトも同じだろう。……互いに、他の参加者とのやりとりに忙殺されることになるだろうが、スムーズにことが運べば挨拶くらいは交わすことになるだろう。腰を据えて話し合う席はあとで設けるにしても、無視するような間柄では無論ない。
 スティアに与えられた役割は、それを上から観察すること。そして、万が一の時は異変の兆しを見抜き、トラブルを未然に防ぐこと。
「セイの〈ホワイト〉が得意とするのは、ロールの〈無限増幅〉と対になる〈無限制御〉だ」
 ……最初の作戦会議のあと、レイバからリリィに電話がかかってきた。セイ・ホワイトの能力の注意点を、簡潔に教えてくれた。
「ちなみにスティアができるのは限定制御と限定増幅。〈ブラック〉と〈ホワイト〉は属性を無視できる代わりにそれぞれ大事なポイントが大きく欠落してる。ロールは途方もない力を持ってるけど、それを自分で制御することができない。セイは視界に入るすべてを自由に制御できるけど、彼自身が強い力を持っているわけではない。スティアはちょうどその中間で、範囲が限られるけど、力を増やす事と制御して操る事を同時にやれる」
 つまり、と彼にしては手短に、レイバはまとめた。
「ロールを視界に入れた瞬間に、セイが途方もない力を自由自在に操るスーパーマンになっちゃう可能性がないとは言えない。それは警戒した方がいい」
「どういうこと?」
「今まではそんなこと一切なかったから、杞憂かもしれないけどさ。理論上は〈ホワイト〉が〈ブラック〉を操作して完全生命体、というのが森人の理想だったんだよ。だからロールの周囲に漂ってるアニマをセイが拾っちゃうと、森人の理想通り、彼の魔法の幅が大きく広がることになりかねない」
 逆に不思議になって、リリィは聞いた。
「今までは、それがなかったの?」
「結果として、そういう現象は見られてない。理由を予想するなら単純に、顔を合わせた時間が短すぎた、かつ、セイの魔法使いとしてのレベルが低かったせいだと思う。視界のすべてを整理整頓って、口で言うのは簡単だけど、それを想像だけでやるのって、かなり難しいと思うんだよ」
 たとえ話だけど、と断って、レイバは言った。「リリィが、目の前にいるスティアをじーっと見ることで、スティアの左手を自由に動かせるとする。その左手を使って、スティアの左頬のかゆい部分を掻こうと思って、それ、できると思う?」
「……うーん。どこがかゆいのかぜんぜん分からないし、どの程度かゆいのかぜんぜん分からないし、どのくらいの力加減がちょうどいいのかも分からない」
「イメージ的にはそういうこと。補正なしの遠隔操作で、細やかな目的を達することができるか。今でこそギャングの内乱を抑えられるまでに成長したみたいだけど、十代の頃のセイは魔法の加減ができなくて、研究所をひとつ焼いてるんだ」
 さらりと大ごとを語られた。完璧超人のようなレッテルしか目にしなかったので、リリィにとっては発想もしないようなことだった。
 その後も続いたレイバの解説によれば、たとえば「火を起こす」という目的に対するアクションは、スティアの場合であれば「赤い火が、あのへんの対象物をこのくらいの規模で燃やす」くらいの完成イメージを直接に呼ぶことができるのに対して、〈ホワイト〉を用いた魔法の場合は「可燃物の周囲に酸素を集めれば、静電気を点火源にした燃焼が起こせる」といったプロセスの組み立てが必須であり、すべてのステップを思考回路で構築した上で、成功を確信しなければならないという。視覚を媒体に想像を実体化する点が共通しても、出力するまでのアプローチがまったく異なるのだとか。
「普通の魔法はただ願望を叶えるが、〈ホワイト〉の場合は出来ないこともけっこう多いんだ。生み出すというよりも組み替える作業になるから、知識とか構築力とか暗算スピードとか、想像力以外にもいろんな地力が必要になってくる。セイにはアニマが見えるから、もちろん俺らが想像するよりは簡単にできるんだろうけど。それにしたって独学で自由自在なところに持って行ったのは、ちょっとアホみたいにすげえなって思ってるよ俺は。彼は魔法の能力そのものより、それを使いこなす頭の回転が怖いよ。地味な特技だし比較対象がいないから、みんな気づいてないみたいだけど」
「そうなんだ……」
 天才を自称するレイバが、他人の頭脳を褒めることは珍しい。不安になったが、電話越しの叔父はいつも通りに、自信を固めたような鷹揚な態度でいた。
「まあ、うちのスティアちゃんの方が優良種だから大丈夫だよ。あれでも最新鋭なんだから、古代遺産の不便さには負けませんとも。要はロールの力を盗まれないようにすればいいんだよ」
「どうやって?」
「スティアに言えばやるよ。〈キャロル〉があれば難しいことじゃない」
 ……作戦開始前に、スティアに話したところ、たしかに、方法が思いつかないでもないという返答があった。
「森人の島でやったのと似てるかな。メイズと同じ属性をセットすることで、『メイズの技は全部消えろ』って念じるだけで、すべて無効になる、てやつ」
「じゃあ、セイ・ホワイトの先回りをして……〈白〉をセットするってこと? あ、それともロールちゃんの〈黒〉」
「原理的にはそれでもいいんだろうけど、〈ブルー〉と〈シアン〉が手元にないから、今の状態では色が足りなくて無理。あと白黒はやっぱり混色属性として究極なんだ。疲れそうだから、できたとしても別の方法をとる思う」
 もっと簡単なイメージでいいのだとスティアは語った。スティアが「ロールっぽい」と感じるイメージカラーがあれば、その色を起点にすることができるのだと。
「ロールちゃんっぽい色……」
 髪や肌の白さとか、瞳や眼帯の黒さばかりがどうしても印象に残っているので、やっぱりモノトーンじゃないかなという気がしたが。長年を共に過ごしてきたスティアには、また違う印象があるようだった。
「たぶん、あいつ黒はむしろ嫌いなんだよな。服とか見てても、絶対選ばないから」
「……そうかも」
「なんかこう、ふわっとしたパステルカラー……水色とか、紫とか、ピンクとか。そのへんかな」
 結局、出来上がったのはセットカラーは、ピンクに近い薄紫だった。セシル・ベイリーから手に入れた新しい原色〈マゼンタ〉を、ほんの少し出力したものなのだとか。
 ……そんな経過を経て、遠くからロールを観察する仕事を渡されたわけだ。ステージが一望できる二階からロールだけをひたすら見つめ続け、その力が誰にも盗まれないよう、秩序を強くイメージする。万が一、セイ・ホワイトがロールに干渉して魔法を使おうとしたら、それを無効にするくらいに。
「確かに他にやりようもないけど、なんだかな」
 スティアがぼやいたので、リリィは彼を振り向いた。
「なにか不安?」
「自分で言ったことだけど、俺がマークしてると、ロールの周りに他の人間が置けないでしょ。俺ひとりの視線でガードするより、屈強な警備員を周りにはべらせた方が、確実に安全な気がするのが否めないというか」
「そんなことないでしょう? 目的は戦いとかじゃなくて、〈ホワイト〉の発動を未然に防ぐことなんだから。こんな場所で警備を厚くしたらかえって怪しまれるよ」
 リリィがそう返すと、スティアは「分かってるけど」とぼやいた。言葉とは裏腹に、気乗りしない様子だ。
 ……スティアは、ミランダの指示を受けた後にひとつ意見を通した。ロールの周囲に護衛を置かないことだ。魔法で妹を守護するにあたって、無関係な人間が視界を遮ることを防ぐため。言い換えれば、攻防の巻き添えにすることや、巻き添えにすることを恐れるあまり、彼自身の行動が制限されるような事態を防ぐためだった。
 人手が薄くなった分は、会場の出入口や正面玄関付近の警備に回すよう頼んでいたようだ。この作戦の性質上、スティアの視界の外側は普段以上に無防備になるため、万が一敵に出し抜かれた時にどこからでも動けるよう、人手を散らばせているらしい。
 すべてスティアが提案し、ミランダが承諾した案だが、なぜだか当人が不満げだ。選択の余地がない中で無理に意見をひねり出したが、根本的な部分で乗り気でないようだ。
「ミランダさんは、相手が最善の行動をとることを想定してるんだよな。だから、最悪だった場合の考えがないというか」
「最悪って、たとえば?」
 リリィが訊いたそのタイミングで、館内放送が鳴った。
 開場まで一分を切ったという業務連絡が、いかにも勝ち気な女性の声で流れてくる。ミランダの友人であるというオリビアだろうか。その一分間で彼女は挨拶をした。
「それでは、我が社の素晴らしい門出になるよう、スタッフ一同、頑張りましょう」
 華やかな鼓舞を合図に、開門の合図が鳴った。
 賑やかな人々の気配を感じたとほとんど同時、階下に、ゴシップの世界でしか見たことがないようなきらびやかな人間たちが、ゆったりと足を運んできた。