Act4 イッツ・ショータイム

1

「レアリス・カンパニーの本社に保管されていた〈カラーストーン〉が動き出した。もちろん、君たちが他の〈石〉を集めた今のタイミングと一致したのは、偶然じゃないわ。私の仲間が動いてくれた」
 説明を受けたのは数日前だ。通信機のスピーカーを介した低いアルトが、いかにも地位ある人間らしい落ち着きと自信に満ちていた。レイバの上司であるテンプル枢機卿団のミランダ・レスター。高名な人間と話す機会が自体が少ないリリィは、通信機越しのミーティングが始まるや否や、普段とは違う緊張を感じた。だが。
「セイ・ホワイトをおびき出す。彼から直接〈シアン〉を譲り受けるための、ステップとして……私たちは、ファッション・ショーにゲストとしてお呼ばれすることになる」
 は?
 張り詰めていた空気が、そんな擬声を具現化するように、確かにゆるんだ。


 リリィは、吹き抜けになった階下の、舞台を見ていた。
 広い壇上には、巨大な照明装置と無数の小さな照明が設置されており、天井から鉄骨がかみ合って物々しい雰囲気だ。すらりと突き出た白いランウェイも、開場時間前の今はスタッフが行き交って、ばたばたと忙しい空気だった。
 リリィが立つのは、少し離れた二階部分だった。ショー会場全体を見下ろせるこの場所は、メインホールをぐるりと取り囲んだ狭い通路だ。……貸しイベントホールは、ファッションショーのためだけに用意された箱ではない。内装には可能な限り凝ったようだが、体育館じみた建物構造までは変わらない。
 周囲を見渡せば、他にも黒服のスタッフが数名、それぞれの持ち場に立っている。……ここにいるのは警備員たちだ。ほとんどの人員が一階に配置されているため、そう多くない。
 彼らが着ているスーツはフォーマルで通じる正装だが、腰にしれっと拳銃を携えていたりするので物々しい雰囲気だ。もっとも、リリィが着ているのも同じような黒スーツであり、腰のホルスターに拳銃とロッドを携えているので、立派に雰囲気を作る一員となっているのだが。
「お疲れ、シークレット・サービス」
 声をかけられて、振り向く。
 やはり黒スーツのスティアが、気楽な足取りで近づいてくる。彼ばかりは正装が体格に合わずブカブカで、場違いに貧相だった。いつも通りに。
「なにそれ」
「大統領の後ろとかにいそうだなって思って。強そう」
「あなたはもっとサイズ合うやつなかったの? いつもよりさらに弱そうだけど」
「貸し衣裳の中でこれが一番小さかったんだよ。スーツなんてのは、標準体型以外の人間を悲しくさせるためだけに放たれた刺客だよ。抗っても無駄。勝てない」
「女物のスーツはぴったりだったのに」
「あれはいろんなもん詰めてたんだよ。文明の力なの」
 嫌そうな声が返ってきた。人生で初めてブラジャーをした日だったそうだ。
 ……知っている顔に会うと、つい気が抜けるが。もちろん、衣装の変更を余儀なくされたことには理由があった。


「〈シアン〉を手に入れる作戦について話すわ。達成すべきは、レアリス・カンパニーのセイ・ホワイトとの取引を成立させること」
 ロック・シティに滞在していた頃、通信機を通じて、テンプルのミランダ・レスターから命令が下りた。
 伝統ある宗教団体の幹部に女性がいたことを、リリィは意外に感じていた。人権の平等化が法整備の目標に定められて久しいが、歴史が古い団体であればあるほど、女の地位は男と同等とは言い難いのがこの大陸の現状である。ミランダの声には、そんな社会を戦い抜いた実績が声の渋みになって滲んでいるようだった。
 通常ならば指令はレイバの役目なので、リリィは正直なところ、自分たちの仕事や行動が、テンプルという大組織の上層部に繋がっている実感に乏しかった。今回わざわざ上役から直接の命令を出されたのは、それだけ作戦が重要かつ、政治的に入り組んでいるからだった。
 連絡は、数人が呼び集められた会議室で受けたが、すでに話を聞いているロールとバッカスは発言を控えての同席となった。会議の目的はスティアとリリィをはじめ、バッカスに近しいスタッフなど、関係者に決定事項を通達することだと聞いていた。
「まずはターゲットであるセイ・ホワイトの情報。二十二歳、独身。レアリス・カンパニー特別監査室のエージェント。特別監査室とは彼ひとりのために用意された肩書き上の部署であり、実質は社長の代行人として外交や内部統制など、あらゆる仕事の顔役を務める。本社からの命令を個人の裁量で捌いており、部下は持たない。〈ホワイト〉の所有者であり、視界すべてのアニマを制御可能。おそらくは、カンパニー黎明期の急速な発展は、彼の身体情報に秘密がある。会社員なので職能戦闘者のような身のこなしができるわけではないようだけれど、魔法を扱えるため、見た目からは想像もつかない戦闘力を有している。二年前にギャングの協力者として内戦を制圧したっていう逸話が有名ね。傍らには常に腕利きのボディ・ガードがついている。家族を持たないため弱みも少ないが、趣好として特徴的なのは、重度の服飾品愛好家であること。コレクタータイプではないが、リロイというデザイナーのファンである」
 早口で言い切ったあと、「ここまで質問は?」と、口調が変わった。リリィは思わずスティアの方を見たが、彼もまた状況に乗り切れずにいるのか、しかめつらになっていた。「……ないです」
「セイ・ホワイトは、カンパニーが保有する〈シアン〉を持ち出す権限を有する数少ない社員」
 ミランダはさっさと話を進めた。
「偶然だけど、私の仕事上、彼に会う機会が近々にあるの。そこに交渉のテーブルを設けようと考えている」
「会う機会?」
「私は、近々オープンするファッション・ブランドのお披露目ショーに、テンプルの代表として招待状をもらっている。有望な若手デザイナーであるリロイ・マクガートンが、オリビアという実業家とタッグを組んで独立する、その門出のイベントよ」
「……そのショーに、リロイのファンであるセイが来る?」
「そう。もっと正確には、リロイのファンであり、マクガートン社の出資人であるセイ・ホワイトが来る、よ」
 ミランダは、今回の作戦に当たる相関図を簡潔に説明した。
 リロイ・マクガートンとは、その昔、高級ブランドの代名詞のような有名店を引っ張った実績のあるデザイナーらしく(ファッションに疎いリリィでも、名前とロゴを瞬時に思い出せる会社だ)、新しいブランドを立ち上げるにあたってネームバリューがある。セイ・ホワイトは彼の才能に将来性を見出し、新しい会社を立ち上げる際の、資金面で援助を申し出たという。
 そのような経緯があるため、セイはカンパニーの顔としてではなく、マクガートン社の融資者として、個人的なVIP待遇でショーへの招待を受けているらしい。だがリロイ・マクガートンと、その協力者であるオリビアは森人信仰者であり、テンプルの信徒なのだそうだ。今回、枢機卿団の一員であるミランダが招待を受けたのも、その縁が公私に渡って強いからだ。
 オリビアたちマクガートン社は、セイと共同でビジネスを始める身ではあるが、裏でテンプルが欲するセイや〈カラーストーン〉の情報を横流しにし、彼を引きつける芝居に一枚噛むということだった。表立った協力はできないが、可能な限りのサポートを約束してくれるという。
「私たちの目的はカラーストーン〈シアン〉。対して、あちらに提示する条件は〈ブラック〉との面会。彼が何度も袖にされたロール・アリビートとの会談よ」
 リリィは驚いて、ロールを、そしてスティアをちらりと見た。ロールはすでに話を聞いているため表情ひとつ変えていなかったが、事情を初めて聞くスティアの方は、やや苦い顔をしていた。
「……今まで隠れていたのに、ロールを表舞台に出すってこと?」
「ええ。うちのカルロスに要求されてることでもあるのよ。また別件の問題が絡んでる」
 ここでリリィは、レイバが憂いていた政治の話を初めて知ることになる。
 複数人で構成されるテンプル枢機卿団は、意見が分裂しており、総意を出せる状態にない。だが、中でも一番権力の強い代表者が、スティアの腕の完成まで辛抱しきれず、ロール・アリビートこと〈ブラック〉を正式に信徒として招き入れ、公の場に顔を出させるよう要求をしている現状があるのだという。
 ミランダは反対しており、ロールの管理役である技術開発局の責任者として、跳ね除けようとしていたようだ。だがオリビアはむしろ利用すべきだと、今回の話を持ちかけた。セイ・ホワイトを釣ろうと思うのなら、ロールをいつまでも、手続きが曖昧なままの日陰の存在にしておかないほうがいい。……組織間で行う取引のカードとして、このままでは使えない。
「この世界で、セイ・ホワイトを直接動かす引力を持つものは〈ブラック〉しかないでしょうね」
 頭痛を抑えるような声で、彼女は言った。
「アドバンテージとして取引や駆け引きの舞台で活かすには、ロール・アリビートの立場は曖昧にしない方がいいのは確かなのよ。だから、待遇を変える方向で調整してるわ」
「曖昧にしないってのは、どのレベルまでですか? まさかこいつが〈ブラック〉だって、世間様に公表するつもりじゃ」
「いえ。さすがにそれは早まれないし、時間もない。まずは、私と行動を共にしていたという記録を残す」
 ミランダは、今回のファッション・ショーにロールを連れていくつもりなのだと語った。その席で、セイ・ホワイトと顔を合わせ、つながりを作るのだと。
「会談は本当に行うんですか。フリをして誘い出すだけじゃなく」
「ええ。交渉のメインはむしろそっち。まずは自己紹介として、私とあなたは似ているわ、と擦り寄ってみる」
 ミランダは、テンプルの組織内部では立場が弱い。今回はそれを利用した話を持ちかけるつもりなのだと彼女は語った。カンパニー内部におけるセイ・ホワイトも、その点で彼女と似ているのだ。
 〈ブラック〉との面会は、〈セカンド・グランドクロス〉の日からずっとセイが求め続けている悲願だ。だが、交渉の失敗を重ね、多大な犠牲も出してしまった結果がある以上、組織としてのレアリス・カンパニーは、ロールを手に入れることに対して慎重論を唱える者が多勢になっている。この点でセイの意見は黙殺され、ただでさえ個人プレーを強要される部署にいる彼は、協力者をえられない状態で数年を無為にしているらしい。
「セイ・ホワイトは、いずれカンパニーを見限るかもしれない」
 ミランダは、あっさりと言い放った。
「彼にとって〈ブラック〉はそれほど優先度が高い。関係ない業界に出資して、個人的なリターンを目論んでいるのはそれも理由のひとつかもしれないわ。いざという時に素早く動くために必要なのは、何よりもお金だからね」
「その心理につけこむってこと?」
「カンパニーを裏切る腹づもりがあるかもしれない彼に、私も『テンプルには愛想が尽きてて』という体で近づく。単純だけど悪い話じゃないでしょう。組織の未来を憂いており、必要ならあなたと協力したいと思う……そう持ちかける。嘘じゃないしね。いざとなったら、私も手段を選ぶつもりはない」
 ……ミランダは、セイに持ちかける密談の内容を、次のように語った。
 テンプルは組織運営の柱を見失っており、存続の危機にある。旧態依然とした神秘性を売りにしたところで誰も振り向かないのに、新しい仕組みを作り上げることができない。具体性が何もない。
 レアリス・カンパニーも、今のやり方だとそのうち行き詰まるだろう。現行のシステムでは、救われる人間と救われない人間に分かれたままだ。救われない人間の怒りをなめたらいけない。うちの信徒でも貴社に恨みを持つ者は本当に多い。知性を放棄した闇がいつか牙を剥くだろう。
 あなたたちが技術で強者を救って、わたしたちが思想で弱者を救う。その二極化がエスカレートして、敵対に近しくなっている今の状態は生産的ではない。大げさでなく国の分裂を招く。お互い利にもならないのだから、バランスをとる必要がある。役割を分担して、協力してやっていければと思う。
 カンパニーに足りないものは神秘性であり物語性。神話の最後の1ピース〈ブラック〉。
 テンプルに足りないものは、新しい奇跡を形作る現実的な力。最新の魔法文明である〈カラーストーン〉。
「……ロール・アリビートを、今すぐ渡すことはできない。だが話し合いのテーブルを設けることはできる。手始めに、組織に先駆けて、すり合わせをする余地がないか、個人としてのあなたと意見交換をしたい」
 それで終わりのようだった。ミランダは一息だけついたのち、すぐに続けた。
「すでにそう伝えている。そして彼の返事は、こう」
 ——当日は〈シアン〉を持って会場に向かいます。ご挨拶できればと思います。
「言葉通り、レーダーの座標は動いているわ。カンパニーの本社から、ファッション・ショーの会場があるベンサムに向かうように」
 ベンサム。
 通り過ぎた街の名前。
 そこにセイが来る。
「引きつけたあとは、どうする展望なんですか」
 スティアが低く問いかけた。
「条件が釣り合わない。ロールと話をさせてやる条件として、あいつが〈シアン〉を譲ってくれるなんてありえないでしょう。〈石〉欲しさに妹を渡すなんてこと、まさか無いですよね」
 小さいが、怒っているようにも聞こえる強い声だ。
 ミランダの顔は見えないが、軽く息を吸う音がしたあと、声そのものに魔力でも宿っていそうな命令が返ってきた。
「スティア・アリビート」
 突然、名指しで呼ばれて、スティアは瞬きをした。
「引きつけた〈シアン〉の回収には、あなたの協力が必要になる。……決定に従うよう」